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名前と官職の関係
とある人力サイトの質問に答えた内容に補足したものです。
「人名で「・・・之助」「・・・の介」というのは長男オンリーの名前だというのは本当か、理由はあるのか」
という質問に対する答えです。
他の回答に「「スケ」は「二等官」を指すので、次男の名前」、という大嘘回答があったのを受けています。
ていうかそのデタラメ回答なかったら回答しなかった。
たしかに、「カミ・スケ・ジョウ・サカン」というのは1等官〜4等官を意味しますが、
次男=2等官って発想、ヘンですよね。
官職名が時代とともに人名に変わってきたのは確かですが、兄弟の序列とは当然無関係です。
まず、人名に「カミ」はありません。
時代劇に出る「水野越前之守」などは、名前でなくてりっぱな官職名です。
幕府の役人は、朝廷からも官位と官職を(形だけですが)与えられたのです。
で「スケ」以下が人名に使われるようになった経過ですが、まず平安時代「揚名制度」という制度がありました。
実権のない「官職」を、名前だけ売り買いするシステムです。
財政的に逼迫しつつあった朝廷が、皇族や貴族たちに「換金できる任命権」をばらまいたのです。
源氏物語にも「揚名の介」が出てきます。
とくに地方の新興勢力者(後の大名たち予備軍)は、社会的ステイタスのために金を払って「介」や「サカン」などの朝廷の官職を買いました。
買えるのはこれら2等官以下でした。さすがに「守(長官)」は一人だけだし、売れませんので。
「揚名」=名前を名簿に揚げるだけですので実権はありません。給料ももちろん出ません。
今も文楽の浄瑠璃の大夫さんや老舗のお菓子屋さんなどが「○○之丞(じょう)」を名乗ります。朝廷に褒められて官職を拝領したなごりです。
で、これらの官職の任期は1年なのですが、はじめはリチギに毎年官職を買っていた地方有力者たちも、だんだんめんどくさくなったり、ツテのある貴族が没落したりして、正式な「スケ」や「ジョウ」ではなくなります。
でも、当時はえらい人は役職名で呼ぶのが慣例だったため(今もか)、去年まで「○○之介どの」だったヒトを今年から違う名前で呼ぶのも妙なので、
実際の官職はなくても、引き続きその官職名で呼ばれ続けたのです。
そのうちその官職が「名前」として定着し、しかも子供にも伝えられるようになったのです。
で、だんだん命名がイイカゲンになってきて、実際には存在しない「由良之助」なんて官職名(?)を名前にしたりするようになってきたわけです。
他に官職由来の名前に「兵衛」「衛門」等があります。
歴史的にこのはざまにあったのが、鎌倉後期から室町のころだと思います。
歌舞伎(というか文楽)の「鎌倉三代記」三段目の主人公「三浦之助義村」(みうらのすけ よしむら)なんかが典型的です。
正確な名前は
「官位」も同様に売買されました。「官位」由来の名前は「大夫」「太夫」です。
「大夫」は「五位」を意味します。「六位」から昇殿できますが、これは雑用係です。「五位」にはなかなかなれなかったのです。
「山椒太夫」の「太夫」などは、典型的な「金で買った官位」だろうと思います。
ただし、伝統芸能やお相撲の行事さんの名前の「大夫」は、金で買ったのではなく、↑の「丞」と同じく芸が認められて朝廷に官位を「拝領」した名残です。
金で買ったのではありません。
というわけで、「介」「助」はタテマエ上は拝領した官職名ですし、長子が家督を相続しますから、普通に考えて長男しか名乗らなかったと思います。
もちろん、勢力の大きい家であれば次男三男のぶんも「官職」が準備できますから(笑)、
そういう意味では次男以下でも一応「助」「介」を名乗っていいことになります。
一般的な「スケ」は長男、という意識には理由があるということです。