『鞘当』
=11:『“カオミセ”の歴史と現代的意義…。』の巻=
顔見世、かおみせと読みます。
もともと「店」という単語の語源は「見せ」らしいのであながち当て字ともいえません。
今も毎年11月になると『顔見世興行』やります、名古屋だと5月、
看板やポスターでこの単語をご覧になったかたもいるかと思います。
では、これ、どういうイベントかというと、
…現代においては実はただいつも通りに歌舞伎やってるだけ、何の特典もないのです、すみません(あやまっても)。
その昔、17世紀の半ば、江戸も初期のころです。
江戸には四つ、京・大阪には三つづ大きな芝居小屋があって、
役者さんはそれぞれの芝居小屋と「給金いくら」で毎年契約して一座を組んで、お芝居をしていました。
当然、戦力調整だの、人間関係の調整(こっちが主)だのの必要上、
トレードがおこなわれるじゃないですか。
当時役者さんはみんな一年契約で、10月に契約が切れたの。
だから毎年11月に新しいメンツになって、そして
これから一年このメンバーでヨロシクおねがいしますってお客様にごあいさつかたがたやったのが、
顔見世興行。
昔はね、のぞみ700とかなかったから、上方と江戸の大物役者のトレードがあると、
噂でしか知らないあの大スターがナマで見られるっていうんで
もうみんな大サワギ。
ごヒイキ筋や芸者さんが集まって夜通し宴会やったりしてすごかったらしく、
役者さんもこの月はいろいろファンサービスしたりしたようです。
その時のヨロコビが遺伝子にしみこんでいて、“カオミセ”っていうだけで
われわれったら、何の特典もないのに無意味にウキウキしちゃうわけです。
まあ歌舞伎ってモトモトおまつりみたいなものだしね。
江戸では顔見世のときかならず『暫』(しばらく)というのを出しました。
これは当時は演目というか、お芝居の一場面。
細かい設定は毎回組み込まれるお芝居次第で変わるんですが、悪者がいろいろ悪巧みをしつつ、善人方の弱いヒトビトを殺そうとしています。
あわやというとき、主人公が「しばらく〜」と声をかけて花道から出てきて悪人をやっつける、という毎回おきまりの展開、
カタルシス、お客さんおおよろこび。
今は『暫』、独立した演目として固定化し、主人公も後三年の役で有名な「鎌倉権五郎景高 かまくらごんごろう かげたか」(というか今日び有名じゃありません)。お正月によく出ます。
この『暫』がもっとも始めに出されたのが、江戸歌舞伎の歴史的名作である
『参会名護屋』(さんかいなごや)っていうお芝居の第一幕。
『参会名護屋』は、お家騒動をめぐる
主人公、不破伴左衛門 (ふわはんざえもん)とその友人、名護屋山三(なごやさんぞう)との、
友情と確執と、恋のサヤあての長い物語。残っていないです。
そもそもこの“恋のサヤあて”という表現の語源となったのが、この
『鞘当』さやあて って一幕(やっと本題)。
「参会名護屋」の三段目をモトに、文政期に書かれたお芝居の一場面です。
吉原ですれちがいざまに二人の刀の鞘がぶつかって、『無礼もの』とかゆってケンカになります。
しかも二人、意中の花魁(おいらん)との三角関係の真っ最中、それもからんで大サワギ。
荒々しく男らしい悪役の不破と、冷静でいい男の名護屋のキャラクターをあらわすように、
衣装も黒に稲妻、水色に雨つばめ、と対照的です。
デザインのみごとさは歌舞伎界でも屈指かも。
この二人、チナミにモトモトは仲のいいお友達です。
女がからむと男は変わる。あーやだ男って。
でも強い男の友達ってやっぱ同じくらい強いんですよね。格が同じっていうか、
そういうおたがい実は認めあってるというかんじが、
ただの痴話ゲンカになにげに華をそえてるワケです。いいねえ、やっぱり男だねえ。
やっぱ役者さんもライバル同士的な大物二人で演るのがベスト、
団十郎、菊五郎で5月の“団菊祭”に出すコトが多く…って、
ぜんぜん顔見世の舞台じゃねえじゃんこれ。
ま、歌舞伎は一年中おまつりってコトで…。
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