=『夜討曽我狩場曙』=
=18:『これがモンダイの噴火アト』の巻 =
『 夜討曽我狩場曙』(ようちそが かりばのあけぼの)。
『曽我もの』、すなわち曽我十郎・五郎兄弟の仇討ち(これは史実)をネタにして、
キレイどころ二兄弟の仇討ちまでのウヨキョクセツのエピソード(これは殆どつくり)を
さまざまに見せるお芝居の総称。
宝永年間のこと、イキナリ富士山が爆発しました。
このときの様子は新井白石の「折り焚く柴の記」にリアルタイムで詳しいです。
江戸の街は真っ暗、地震もすごく、灰も尺単位でつもりました。影響は翌年までにおよび、とんでもない被害だったようです。
あんな小さい宝永新山ができただけであのさわぎ、
本気で火口から火が出たら、どうなるんでしょう、
くわばらくわばら。
びびった江戸のヒトビトは、これを富士のすそ野で死んだ曽我兄弟のたたりだと信じ、
二人が死んだ五月に「曽我祭」をしてたびたび曽我ものを上演しました。
ってそれくらい「曾我兄弟」のものがたりは江戸の人々のココロに深く根をおろして
愛されていたのです。
というかお正月にも「曽我もの」出すんだから、もう一年中曽我ものだらけじゃん。
愛だね・・・。
いまでは、『寿曽我対面』(ことぶきそがのたいめん)が
「曽我もの」の代表みたいになっちゃってますが、
もともと羽子板や武者絵で人気があったのは当然討ち入りの場面のほう。
しつこいようだけどキレイどころ二兄弟。
兄弟力を合わせてって、それだけで美しいじゃないですか?
それが、多勢に無勢をモノともせずにシシフンジンの大立ち回り、強いぞ。
ときは鎌倉。平安のミヤビをまだまだ残す古式ゆかしい衣装デザイン
(というか、江戸時代の時代考証いいかげんだから、討ち入りの衣装もじつは各種あり)
もあって、ビジュアル的にかなりオイシイと俺も思います。
優雅さとたくましさ。美しさと強さ。
この融合を、ビジュアル的にもキャラクター的にも、みごとに体現してるのが、
曽我兄弟なのです。
とかく、「曽我もの」は、形式的だの、ストーリー性に欠けるだの言われがちですが、
そういうワケでね、「曽我もの」というのはおハナシをみるんじゃないの、
曽我兄弟そのものを見るのっ!
現代ニッポンには存在しない、ミヤビさと、ますらおぶりとを
うっとり眺めて楽しむものなの。
そういうものを大事に思う気持ちを現代社会が忘れつつあることと、
「曽我もの」が忘れられていくことと、
関係あるのかなと思うと、ちょっと、さびしい…。
たまには歌舞伎でも見て、日本のこころを思い出さないとね…。
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