=『恋飛脚大和往来』=
=27:『み吉野の山の白雪積もるらし』の巻 =
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『新口村』(にのくちむら)
『恋飛脚大和往来』(こいびきゃく やまとのおうらい)っておハナシの後半部分。
近松門左衛門お得意の、世間に追い詰められた男女の心中ものの中の 代表作のひとつです。
とくにこの、主人公忠兵衛と恋人梅川の二人が 死ぬ前に一目父親に会うために人目をしのんで 故郷の新口村にやってくるシーンは
二人の純愛や父子の情愛、そして父親孫右衛門の 死んでいくわが子とその嫁への切ない悲しみを美しい雪景色がもりあげて、 たいへん有名な名場面です。
原作では雪景色じゃないんだけどまあよし。近松の台詞あっての「新口村」。

上方歌舞伎というのはものすごくリアリティーを重視していて、 百姓屋にかくまわれてた若様が 味方の武将がやってきて、いざ名乗りをあげるぞ、みたいな場面で 障子の陰から登場するときでも、
江戸風だとちゃんとキレイなお公家さんの衣装に着替えて出るけど、 上方では汚いまんま。「誰が着替えさせますねん」ということらしい。
合理的っちゃ合理的だけどねえ。
『忠臣蔵』の有名な色男早野勘平も、上方風だと、浅葱の紋付きに着替えたりしないで 汚い漁師のかっこのままで演じるんですってば。
だからね、『新口村』のこのキレイなおそろの(比翼っていうんだよ)衣装は、 俺にとってはちょっと反則ワザみたいに見えるくらい意外な感じです。
近松の原作は『冥土の飛脚』(めいどのひきゃく)っていって、 もっとフクザツなハナシです
。 あのね、主人公忠兵衛はこの上演用の『恋飛脚』だと イジワルな友達に追い詰められて、友達への意地と 恋人の梅川って花魁(おいらん)をたすけるためとに公金横領しちゃうんだけど、
近松の原作だと、友人が親切に辛口の忠告をしてるのに、 それがわからなくてムキになって、見栄と意地のためだけに横領しちゃうのです。バカです。
かわいそうっていうより、ホントに、ちょっと歯車が狂うと人間おそろしいコトになるなっていう 実社会のリアリティーを描いてるかんじで、
それでも、ヒトの愛情とか誠意っていうのはちゃんとあって、 人間はうまくいってもいかなくても、それにすがって一生懸命生きていくのがいいんだよ。 みたいな感じです。
近松作品は常に奥が深いです。
この現行上演用の『恋飛脚』はもっとわかりやすい、そんで悲しいハナシになってるから、 二人のこのキレイな衣装がより効果的なワケです。
気分はもうあの世?夫婦は二世の縁、死んだ後もつがいの鳥で〜、と。
この二人は、生きてるけどもう、この世のモノじゃないって感じですよね。 でも、生きてるから、寒いし、雪も降ってるし、夜は寝なきゃいけないから 手にムシロを持ってるのさ。
その部分だけリアルで哀れをさそいます。
その絶妙なバランスによって、美的に昇華された悲しみを われわれはリアルに味わうコトができるんです。 上方歌舞伎の醍醐味って感じですね。

それにしても、この梅川役の垢抜けた美女、中村扇雀(なかむらせんじゃく)、以前俺が シブいおじさんベスト1と言い放って『沼津』の十兵衛に描いたのと同じ役者さん。
…若いころとはいえ、…あ、今でもお演りになります。 キレイです。
歌舞伎役者って怖い……。



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