=『妹背山婦女庭訓』=
=30:『男だけど男じゃない』の巻=
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「前髪」まえがみ、っていう髪形のハナシ。
「前髪」は元服前の若い男の髪形で、 大人の男の「ちょんまげ」って、真ん中剃ってあるでしょ、 ここを「月代」さかやき っていうんだけど、
「前髪」は、月代の前部分、額の上んトコだけ、髪をはやす、ちょっと独特の髪形。
「月代」は「成人男子=男、であること」の象徴ですから、 顔の周りだけ女の子みたいなこの「前髪姿」は、 男であってまだ男じゃない、若者の中途半端なセクシュアリティーを すごく色っぽく表現してると思います。
いわゆる「色子茶屋」、今の売春夫宿ね、ここの色子はみんな「前髪」の若者だったの。
「前髪姿」はそのイミでも、はっきり 「男の性欲の対象」としての意味合いを持っていたと考えていいと思います。
そんで色子茶屋に売られて育った、ノチの四代目松本幸四郎(江戸中期のヒト)は、 客取るのイヤさに自分で前髪を剃り落として、なぜならそうすると商品にならないからだけど、 そんで怒った茶屋の主人にヒドイ目にあわされた、という とてもオイシソウな逸話も残ってたりします。 (実に無駄なウンチク)。
今回描いたのは、『妹背山婦女庭訓』(いもせやま おんなていきん)の三段目に出る美少年。名前は『久我之助』くがのすけ。
売春夫とはほど遠い、大化の改新の直前の、とある貴族のご子息。
何故にそれが江戸ふうに前髪?とかつっこまないように。 歌舞伎の時代考証なんてあってないようなモン。
それにね、時の執権、悪の化身の蘇我入鹿のなぐさみものとして差し出されるよりはと、 潔くハラを斬った(広瀬川ビジョン)悲劇の美少年のイメージには、 この、中性的かつりりしい前髪姿がぴったりじゃん。
まあ、おハナシでは向かいの家の娘との恋とか、両家の親の不仲とかいろいろあるんだけど、 いいの。
この役が、また、腹を斬ってからが長い役で、なかなか死ねない。
向かいの家の雛鳥ちゃんが首を切り落とされて、母親が間を流れる吉野川にその首を流して、 それをこっちの父親が拾い上げて・・・って、 あんまり長いんでハラをたてて一回計ってみた15代目羽左衛門によると、 約34分だそうで、…長いね。
見てるわれわれにしてみれば、 34分間、苦しむ美少年のセクシーな姿を堪能できるワケだから、オイシイはなし。
いや、ワタクシがヨコソマなんじゃなくたそういう演出意図なんだってば。歌舞伎なんてそういうモノなんだから もとは文楽だけど、文楽も)。
34分(しつこい)だまって(セリフないから)苦痛に耐える姿は、 でもやっぱ、男らしくて凛々しいです。 男らしいからこそセクシーなんだけどね。
まったく楽しい髪形を考えついてくれたもんです、昔のヒトは・・・。



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