=『石切梶原』=
=31:『武士道とは、結局かっこよさだってば』の巻=
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お侍らしいお侍、…っていうのは、 歌舞伎、けっこう、出てきません。
なんか、こう、「刀さして街あるいててかっこいい」みたいな、現代のわれわれがあこがれる系のイメージって、 ようするに、その時代じゃアタリマエだったせいか、いちいち歌舞伎には出て来ないかんじ。
いかにも「お侍」ってキャラクター といえば、このヒト。
『三浦大助紅梅』(みうらおおすけこうばいたづな) ていう長いおはなし、これは源頼朝がほう起して平家を討伐、鎌倉幕府つくるまでのものがたり、 その3段目だけが残ってるのが、この 通称『石切梶原』(いしきり かじわら)。
ていうか、『梶原平三誉石切』(かじはらへいぞう ほまれのいしきり)他 いろいろ演じる役者さんによって型や台本がビミョウに違い、 別タイトルがいくつかつくられてるくらい。つまりね、 「梶原平三が刀で石の手水鉢を切るシーンのあるお芝居」としてしか、みんな認識してねえの。
刀で石を斬る…そうとうの剣の腕ですね、武道にはげむおサムライっぽいでしょ、かっこいい。
梶原平三景時、歴史に強いひとならみんな知ってる源頼朝の腹心。 時代設定は鎌倉幕府が出来る直前ですから ホントはこんな、いかにも「おさむらい」ってかんじのかっこを していたワケがねえんですが、 もー登場人物どれもミゴトに江戸風俗。 ま、歌舞伎じゃメズラシイことじゃねえです。かっこよきゃいいのさ。
そんで、この梶原の、他の歌舞伎の登場人物と違うトコロは、 「何も悩んでない」ってトコかなあと思います。
一般に歌舞伎って、とくにこういう時代ものって、とにかく形式的で、 役者さんがお人形のように儀式のように動いたりセリフを言ったりしてる、 みたいなイメージがあると思うんですが、
実際は、歌舞伎の登場人物って かなりリアルでハードなジレンマや悩みに直面してる場合が殆どです。 忠義を取るか、子供をとるか、とかね。
その、人生崖っぷちな葛藤をうまいこと表現するために、いろんな演出が考えられて、 その中で一番よかったものが、俗にいう「型」として伝えられているわけです。
というわけで「悩む」「葛藤する」というのは歌舞伎にとって けっこう大切な要素なわけですが、 「梶原」は、まったく悩んでません。めずらしいです。
もともとお話全体の主人公は源頼朝、梶原はこの場面だけで目立つオイシイとこ取りのワキ役、 その「オイシイところ」をふくらませた舞台だからでしょうか。
一応、敵(平家)の家来のフリとかしてるけど、悩んでるってほどじゃねえし、 そんで、性格の悪い仲間の(平家の)武将を出し抜いてかわいそうな老人と娘を助けて、 ついでに名刀も手にいれちゃう、というおハナシ。
その、悪く言えばワキ役らしく書き込みの甘い、キャラクターの薄っぺらさが、 ノーテンキな男らしいすがすがしさとして昇華されてる点がこのお芝居の魅力です。
なんにも考えないで見てても大丈夫という。
こういう歌舞伎、昔はもっとあったと思うんですが、 「娯楽」としての価値と「芸術」としての価値が一致する例が少なかったようで、 今残ってるのは、「梶原」はじめ、少しだけです。
でも、やっぱ、見てて楽しいじゃんね。 かっこいいし。
お侍は、これくらいノーテンキなのが、キレイでいいです。



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