=『名月八幡祭』=
=33:『旧暦ではとっくに秋だけど』の巻 =
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魚惣さん
まだ暑いし、恒例、夏芝居のはなしです。
『名月八幡祭』
深川の富岡八幡宮の三年に一度のお祭りが舞台だから、
ホントは本祭がある来年描くべきなんでしょうね…。
その年(文化4年)の八幡さまは過去何度かのお祭りが中止になったせいで10数年ぶり、当然ものすごい人出でした。
あまりに人が多すぎて とうとう永代橋 が落ちて、1500人も死んだという大惨事。
それをネタに書かれたのが、河竹黙阿弥『八幡祭小望月賑』 (はちまんまつり よみやのにぎわい)。
通称『縮屋新助』 (ちぢみや しんすけ)
これも名場面は多いんだけど、とても長い、入り組んだお話なのです。
昔は今と違ってお芝居、一日かけてひとつの長いお芝居を上演しましたから、いろいろな要素をもりこんだ複雑な筋立てが楽しかったんですが、
今みたいな上演形態、半日替わりでお芝居一本1〜2時間X3本、とかのテンポには、
「八幡祭…」をモデルに書き替えられた、この「名月八幡祭」 のほうがわかりやすくて面白いかんじです。
描いたのは、最後のシーンです。
ブランドもの買いすぎてカード破産寸前のホステスよろしく、 衣裳道楽その他ゼイタクがすぎて、借金で首がまわらない深川芸者美代吉 (みよきち)。
粋ときっぷがウリの深川芸者だけにプライドが高いのも、こうなっては困りもの。
ていうか「深川芸者」の説明が必要か。

江戸、神仏への参詣が盛んな街でしたから有名寺社前は人通りが多く、どこも遊興地として栄えました。浅草観音様の前を想像していただければわかるかと。ああいうのがあちこちにあったのです。
深川にある「富ヶ岡八幡宮」も大きい神社なので、「深川仲町」を中心とした江戸屈指の遊興地がありました。当然「料理茶屋」が軒をならべ、そこで売色もおこなわれていたのですが、仮にも「神様のそば」、表向きは「女郎」は置かず、「芸者」しかいなかったのです。
江戸は「女郎」と「芸者」の区別がワリとはっきりしていた街なので、普通「芸者」「ひと晩いくら」の売色はしなかったのですが、
そういうわけで「深川芸者」は、「女郎」の替わりに置かれている、という事情もあってワリと「ころび」やすかったのです。
そのくせ、「女郎じゃないし」というわけでプライドは高く、木場が近い下町気質もあってはねっかえりが多くてあつかいにくかったの。
男性客はその「意気と気っぷ」で「言うことを聞かない」深川芸者をいかに「ころばす」かを競って楽しんだわけです。

で、美代吉、借金まみれで破産寸前。
それで、イナカものの縮(ちぢみ、織物の種類ね)の行商人、新助 が自分に惚れているのをいいことに その気にさせて、ムリにお金を作らせて貢がせます。
結局新助は田舎の田畑売り払ったあげく破滅。 このシーン、
ついに怒った新助に、美代吉が斬られるところ。
斬られて、ま後ろにそりかえって倒れる美代吉に、ザァっと夕立ちの雨が本水でふってきます。
クライマックスシーン。
そして、このためにわざわざ前のシーンから着替えた白い浴衣がぐっしょり濡れて 、 下に着ている浅葱(あさぎ、うす水色ね)のじゅばんが透けて見えます。
このシーン、見てる男性客、はっきりムラムラきたと思います。 っていうか、そうなるように演出されてるというか。
はっきり、男が演っているのがわかっていて、しかも足のヒトツを出すワケでも、カラミがあるワケでもなく、ただ服の上から水に濡れてみせているだけなのに、とてつもなく イヤラシイものを 見ているような気分にさせられるというのは、 もう、ちょっと、信じられない事実です。
美代吉、気位が高いから新助には指一本ふれさせていません
だからこのシーンは、新助にとっては唯一 美代吉のカラダを自由にできた瞬間 だともいえます。
無防備にそりかえった姿、真上から全身をぬらす雨、そういうもの全てが そのイミではエロティック。

このお芝居、舞台のすみずみまでムシあつくてけだるい江戸の夏の風情 が感じられて、
そう、縮、麻混の夏のキモノの生地だし。生地に凸凹があるので夏の肌にベトつかず、すごく着ごこちいいのです
その季節感が、見ていて気持ちがいいです。
夏も悪くないなって、このお芝居見ると思います。
いや、東京の夏じゃなくて、江戸の、ね・・・。



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