=『敵討襤褸錦』=
=34:『忘れられないあの事件』の巻=
はじめに、きっぱり言っちゃいますが、ワタクシこのお芝居見たコトねえです 。
だって上演頻度むちゃくちゃ低いんだもん。
早いハナシが人気がないです。
昔はそうでもなかったらしいですが、今はもうダメ。
東京だと、先代の中村鴈次郎 が演ってから、そのあと一度くらい上演されてるんでしょうか?ないかも。
『敵討襤褸錦』 かたきうち つづれのにしき っていうお芝居の
三段目、というか「下(げ)の段」、
『大晏寺堤』 (たいあんじづつみ)の場。
“つづれ”ってツギハギのイミ。つまりこのタイトル、
「敵討ちのためにボロボロの着物を着ています。それって錦の着物を着ているよりりっぱなことです」 みたいな意味かと。
“非人” (ひにん)のおハナシです。
非人といっても江戸時代のシステムでは、一度「非人」になった人でも後でリカバリーは可能でしたので、この場合、浮浪者、くらいのニュアンスですね。
奈良の大晏寺のそばの河原にいる非人、それがホントは武士です。
春藤次郎右衛門 しゅんどう じろうえもん 。
非人に化けて父の敵を捜しているのです。
そして刀の試し斬り(実はこれ御法度)にやってきた侍たちとちょっとしたやりとりがあります、ここが見せ場になります。
さて、その侍の一人がまさしく敵をかくまっていたのです。主人公の寝込みを襲って返り討ちにしようとします。
春藤次郎右衛門、自分も殺されながら、ついに本願成就、敵を討ちます、とこれだけの短いおはなし。
今のお客さんには受けないかもなあ。
途中でりっぱな武士の格好に着替えて出てきたりしないし、汚いまんまだし、
先に相手に斬られて、死にそうな状態で、
ワキ役の人たちに助太刀してもらってやっとのことで倒れてる相手にトドメをさすだけらしいし、
ちょっと見かっこいいトコロなんにもない ですね。
舞台は奈良の大晏寺、聖徳太子の建立だそうで 、南都(奈良の都)五大寺のひとつ、由緒正しい大きいお寺です。
でも江戸時代には荒廃してたそうです。明治になって再建。
そのボロボロのお寺のそばの河原の、ボロボロのムシロの小屋に住むボロボロの男、
しかも寒さで病気になって足悪くて歩けません。
絵的に救いになるのは、けなげに兄を支える弟の美少年、
春藤新七 しゅんどう しんしち 君くらい。
なのになんでワタクシ、これがかっこいいと思うかといいますと、
武士の武士らしいかっこよさを全部はぎとって、とことん悲惨にして 、
それでも、侍としての意地とか美意識とか、そういうのがちゃんとかいま見えるところです。
侍は、どんなにボロボロでも、動けなくても、
心が侍ならやっぱり侍なんだなあと感じさせてくれるところです。
男だなあ。
カタチに頼らないぶん、侍らしさをわれわれに納得させるのは、
きっとむずかしいでしょうね。
気迫とか、けっしてなくさない美意識とか、意地とか、
ほんとは強いからなにげにただよう余裕とか。
作品としては、それらすべてを出せるように場面やセリフが用意されてはいるんですが、
目に見えないものを感じさせる のは、やっぱり大変そうです。
役者さんを選ぶ舞台かも。ワキ役もうまくないとつまらない作品だし。
見る側にもね、「侍の価値観」への理解もあこがれもなくなってきてますから、
ますます上演は難しくなっていくんでしょうね。
でも見たい 。
どうでしょう、この真っ暗なさびしい舞台を背景の幕切って落としたりして後半桜いっぱいにしてみては?
演出上不都合はなさそうだし、舞台がキレイだときっと見るヒトも増えると思うんですが・・・。
そうまでしても、見たい。好みなんだもん、こういう渋いおハナシ。
「非人の仇討ち」はどうやら実際にあった事件がモデルらしく、
江戸の初期にはすでに、この題材の読み物やお芝居が存在します。
歌舞伎(文楽)に取り入れられたのも比較的早かったらしいです。
この台本が完成形ってかんじでしょうか。
人気狂言だったらしく、江戸中期の文楽作品にすでにこのシーンのパロディーが見られます。
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