=『一谷嫩軍記』=
=37:『いづれを見ても蕾の花』の巻=
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大江戸風俗通信・カット
『熊谷陣屋』 (くまがいじんや)
『一谷嫩軍記』 いちのたに ふたばぐんき 三段目。
これ、平家物語のネタだし、けっこう有名…なハズ。
絵で熊谷次郎直実  くまがいじろう なおざね が持ってる首、
あ、歌舞伎で生首が出てくるとき、まずほとんどそれは 『誰かにみせかけたニセ首』だと思ってまちがいないです。
これもニセ首
あとごめん、この場面ではホントは生首持ってません。描きたかっただけ。
平家の若武者、無官太夫敦盛  むかんのたゆう あつもり が、 実は後白河法皇の御落胤(ごらくいん、非摘出子ね)なので、 敵方の源氏の大将・義経 としても、それを助けなきゃいけなくて、
熊谷次郎 にこっそり、誰にもわからないように指示を出すのです。
だから、敦盛の首として、ここで抱えられてるのは、実は身代りになった熊谷次郎の実の息子、 小次郎 の首です。
敦盛を守るために息子を犠牲にした熊谷次郎の悲しみ、苦しみ、
そして、舞台にはそれぞれの息子を心配して駆けつけた母親ふたり、 藤の方 (敦盛のママ)、相模 (小次郎のママ)もいて、悲劇をもりあげます。
ところで、この場面の前には、熊谷次郎がニセ敦盛(つまり小次郎)と戦って首をうちおとす 『壇特山』 だんとくせん と呼ばれる場面があるんですが、
ワタクシ的には『一谷』は、この二場をちゃんと続けて見たいのです。
『壇特山』「敦盛討ち死に」 の副題がついており、 ここまでは、お芝居、 表面上、原作『平家物語』どおり、小次郎でなく、敦盛が死ぬのです。
「あとでこうなるんだよ」系の、当然はいるべき前フリがほとんどないのです。
お客さんも、死んでしまう美しい若武者を、 だまって「敦盛として」 見ていればいいようになっています。
ていうか最近思わせぶりな演出多すぎ、白けませんか?
なぜかといえば、このシーンはどう考えても原作どおり敦盛が討ち取られて死んだほうが悲劇的で かっこいいからだと思いますが、
そうじゃなくてワタクシがいいたいのはだね、 どっちが死んだのか、は問題じゃないってこと 。
子供を殺すのがつらい、とか、肉親の別れ、とかそういうモンダイじゃなくて、
齢十六の、うつくしい、勇敢さと雅さを兼ね備えた若者が、けなげに 「はや、首取れ、熊谷」て言って、ツボミのままに死んじゃう、そのことが悲しいのです。
熊谷次郎にしても、もし殺すのが息子じゃなくて敦盛だったとしても、 同じくらい悲しくてつらかったとワタクシは思います。
そういうコトを『壇特山』で感じてから『陣屋』を見ると、 熊谷の悲しみが肉親の愛とかそういうレベルを越えた、
美しいもの、命の盛りのもの 、そういうものを失うこと自体への悲しみ、 深い喪失感、無常感、だってことがわかると思うんです。
熊谷が最後は出家してしまうのも、そういう流れで見るとすごく自然です。
『陣屋』の出だし、さきほこる桜 が出てきますが(おはなしにも関係あるんですが)、 熊谷の感じる無常感を、この桜が象徴してるとも思えます。
だからね、『陣屋」でイキナリ生首が出てきてもダメなんです。
きれいな、敦盛の(お人形の)首がコロリところがる『壇特山』の場面があって、そのあと「陣屋」を見て、
はじめて、このお芝居、正しく意味を持つとワタクシは思うんです。



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