=『盲長屋梅加賀鳶』==勢揃い=
=38:『梅は咲くけど時代は変わるよ』の巻=
『盲長屋梅加賀鳶』 めくらながや うめがかがとび
いいんだよなあ、これ。
おハナシもいいんですが、タイトルが好き 。
春らしくて(この「春」って「初春」の「春」ね)いいかんじ。
まあ、顔見世(11月)で出したり、3月ごろ出したりもするんだけど、
とにかく、うらうらといい気分なのだ。
このお芝居が出る月は、加賀の酒造メーカーが地酒、その名も「加賀鳶」 を
一斗樽で歌舞伎座の木戸前(木戸って、今はガラス戸だけど)に積み上げて景気をつけたり、
なにからなにまでおまつり気分。しあわせ。
お江戸の「大名火消し」 のお話です。
江戸の町々の消火は いろは四十八組「町火消し」 が請け負ってました。有名ですね。
しかし江戸の面積の数十パーセントは武家屋敷でしたから、
これは、旗本が作る「定火消し(じょうびけし)」 のナワバリでした。
そして、大きいお大名はマイ火消し組を持ってました。それが「大名火消し」 。
これがまた他の火消しと仲悪かったのだ。
加賀百万石の広大な上屋敷(ほとんど山ひとつ)は、今まるまる東京大学になっていますが、
ここのお抱えの大名火消しである「加賀鳶」 は、規模も大きく、気合いもバリバリ、
火消しファッションもキまっていて、人気バツグンでした。
そのぶん態度も大きく、実際は悪い評判もあれこれチラホラだったようですが。
東大正門の右にある朱塗りの「赤門」 は今も有名ですが、
これは将軍家のお姫様が加賀様に御輿入れの際、作ったもの。
幕府は加賀藩にイジワルを言いました。
「燃えたら、二度と作っちゃダメ」 。
火事とケンカは江戸の華、燃えたらまた作るのが常識の江戸の建築物に、「燃しちゃダメ」って言ったのだ。
加賀鳶の責任は重大です。他の火消し組とは気合いが違う!!と
タンカをきるのもうなづけます。
チナミに現在も赤門周辺禁煙です。というか全ての道路歩行禁煙にしろ、東京都。
これは加賀鳶のメンツが、仲の悪い定火消しとのケンカにくりだすためにずらっと並んだ、
「勢ぞろい」 と呼ばれるシーン。かっこいい。
この場面、現行上演だとストーリーとなんのカンケイもないです。
かっこいいから出す だけ。
そういう「イミなくてもとりあえずオッケー」なところが、このお芝居のおまつり気分 なところですね。
いつ見てもうっとり。
うっとり見てますが、このシーン、昔の通し上演とかの写真を見ると、そんなに並び方そろってません。
むしろバラバラ。
役者さんの行儀が悪かったワケじゃなく、
「今からケンカするぞお」 と若いモンが集まってる状態をリアルにやれば、
そんなもんですよね。リアリティー。
今はもう、この場面は「飾り」ですから、ただ、キレイに、華やかに 。
お芝居ってより、ショーですよね。
江戸市中の生活感のリアリティーが売りの、さすがの“黙阿弥 (もくあみ、作者ね)世話物”も、江戸の生活が遠くなった今、
「つくりもの」として「キレイに飾られて」鑑賞されるようになりつつあるってことでしょうね。
しょうがねえけどね。
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