=『菅原伝授手習鑑・寺子屋』=
=49:『これくらいキレイじゃなくちゃダメ』 の巻 =
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大江戸風俗通信・カット 菅原道真 っていうより、天神様 って言ったほうが、 わかりやすいかなあ?
死んだ後天神様となる道真公が、時の左大臣、藤原時平の陰謀で 九州・大宰府に左遷されたハナシは有名。
大宰府、都から遠いから、ジャマな政敵をおっぱらうのに都合のいい場所だったらしく、 天神様ののちも、源高明、藤原伊周なんかが流されてます。歴史だ。
流された道真公や、まわりのヒトビトの悲劇を 道真の家来、白太夫の三つ子の子供である 梅王丸・松王丸・桜丸の3人のエピソードを中心にして描いたのが、
『菅原伝授手習鑑』  すがわらでんじゅ てならいかがみ 。
名作です。
菅原家は学問の家柄、筆法(字の書きかただね)に秘伝があるのを 流される直前に愛弟子に伝えるシーンから、このタイトルはとられています。
いま、主に上演されるのは『寺子屋』 って幕。ここには 道真様 出て来ません。
他の幕が最近あまり出ないのは、おもしろくないんじゃなくて 天神様=神様を、それらしく演じられる役者さんが 最近いないせい。しかもできれば上方のヒトがいいし。
今の仁左右衛門最近いい味、そろそろかなあ。と思ってたらこの記事の後お演りになりました。いいぞ。
さて、『寺子屋』、道真の筆法を伝えられた弟子の武部源蔵、 田舎の山の中で付近の子供達相手に寺子屋を開いてます。
管家筆法を、そんな、ガキ相手にムダづかい、とか言わないように。
ところで源蔵、じつはこっそり道真の御子息、秀才様 をかくまってるのです。
菅原家殲滅をたくらむ悪人藤原時平 、村の庄屋を通して 秀才様の首斬って渡せと圧力をかけます。
せまじきものは宮仕え 。 進退きわまった源蔵、さあ困った、
そして首がホンモノか見極めるべく(首実検ていうのよ) 父親や兄弟は道真様に仕えているのだけれど、本人は、時平の家来である 松王丸 がやってきます・・・
で、このあと歌舞伎のおやくそく、身代わり首 のオハナシになるわけですが、
出てくる松王丸 がね、かっこいいのだ。
松王は時平の舎人なのです。舎人=牛飼いふぜいにしてはえらそうすぎ、という設もあるけど
おなじ舎人でも「内舎人(うとねり)」なんかは貴人の警護とかにあたって ひとによっては殿上も許されてたステイタスの高さ。
平安も半ばをすぎると、宮中のイベントである馬競べなんかで主に活躍したのは この舎人さんたちだったらしく、スポーツ選手みたいなもん? 知名度や人気はなかなかのものだったみたい。
「やんごとなき舎人」って表現が「今昔物語」にあります。
松王丸も「牛飼い舎人」というより
「内舎人」のイメージでやってるんでしょうか。
↑余談。

んで松王丸、
最後まで見ると、悪役どころか主役 だってコトをお客さんみんなが知って見ているせいもあって
前半のえらそうさやにくにくしさが、また、かっこよく感じちゃうのです。
おハナシ、実はすべて松王丸の思惑どおりすすんでいくので、 お芝居の中で松王丸のとる、どんな小さな動きも 劇の展開に重要な意味を持っているわけさ。だからね、
ムチャクチャ目立つの。目がはなせない です。
かっこいいというか、かっこよくないとお芝居にならないというか。
派手なたちまわりも、決めゼリフもないのに、
ただ立ってるだけでかっこいいのが、この松王丸。
衣裳は江戸時代のものだけど、平安時代という夢のように遠い世界で、 半ば神格化されたキャラクターならではの存在感かもしれません。
その男が、最後に泣くのだ。もう、もらい泣きしちゃいますとも。

身代わり首、誰でもなれるもんじゃないのだよ。そのへんのガキじゃダメ。
ちゃんとキレイで品のいいお顔じゃないと。
かわいいお子さん見て「いつでも身代わり首になれますね」 ってほめても 最近、イミわかんないのか誰もよろこんでくれない。
わかってもうれしくないほめことばかなあ・・・。


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