『舌出三番叟』
=59:『今は昔のものがたり』 の巻=
■もどる■
■すすむ■
『三番叟』 さんばそう と読みます。
モトは能の『式三番』 (しきさんばん、『翁』ともいう)て演目から派生した踊りで、これは
「五番だて」、つまり、
フルオプションで能をやるとき
いちばんはじめにやる演目です。
というわけでこの歌舞伎の『三番叟』 も
とても儀式的な性格をもちます。
歌舞伎でこれをやるのは、
なんかおめでたい節目のときです。
顔見世興行とか、だれかの襲名披露とか。
戦前までは『三番叟』の儀式性はかなり強く、
開演前、かなり早朝から演者や座がしら、鳴り物のヒトまでそろって
いろいろ複雑な神事っぽいお作法してたらしいですが、
今はそこまでではないようです。
でも、この「三番叟」が「祀り」や「コトホギ」の意味合いを強く持っていることは、今も変わらないと思っていいでしょう。
で、そこはそれ、歌舞伎のことですから、
いつも同じことやってたんじゃつまんない 、というわけで、
いろいろバリエーションができました。
今回描いた(切り絵ですが)のは
『舌出三番叟』しただし さんばそう っていう演目ですよ。
振りの中にペロリと舌を出す動作があるのです。おもしろいでしょ?
ほかに『操三番叟』 あやつり さんばそう、
これはあやつり人形のような動きで三番叟』の振りをするもの。
変わったところでは『廓三番叟』くるわ さんばそうなんかが有名です。
「廓三番叟」は舞台も遊郭のお座敷で、花魁(おいらん)が余興で『三番叟』を踊るというような設定です。
もうこのへんいくと能の『式三番』の原型ないのですが、
おめでたきゃいいんだってノリで押し切るのが歌舞伎です。
この『舌出三番叟』 も、すでに能の『式三番』 とは殆ど共通点はないですが、一緒に出る「翁」や「千歳」の衣装もふくめて、とても古式ゆかしい印象です。
「翁」なんて烏帽子に狩衣、そんで扇持ってゆるゆると歩くように舞って、すっと引っ込むむだけですが、
雰囲気のある役者さんが演ると、本当にかの時代の貴族を見てるようです。
「いいモン見たなあ」 って気になります。しょせんつくり事である「お芝居」では表現しえない、「所作(踊りね)」ならではの不思議な存在感です。
さて、能のルーツというのが宮廷舞芸から大衆化した「散楽(猿楽)」であることは
まちがいがないのですが、
この、能からさらに派生したはずの『三番叟』を見てワタクシ想像するのが、
たぶん、この踊りの根っこは
能よりもっともっと古いんじゃないかということです。
能が今の形式になるのは鎌倉以降ですが、そのもっと前、田楽とかも盛んで、
散楽も村々を回って田植えのお囃子とかしてた時代、
例えば、『宇治拾遺物語』 に記述があります。
田植えのお囃子の芸人の中で踊ってる美少年 に惚れた大僧正さまが
お寺につれて帰って片時もそばから離さず・・・というあざとい内容ですが(笑)、
そのときの踊る少年の衣装が、きんきらきんのカブトに鳥の羽のモヨウの服。
この衣装に似てませんか??
この時代は、田植えや収穫のおまつりのときに
田楽や散楽の芸人たちがやってきて歌ったり踊ったりしたわけで、
それはまた豊作を祈る呪術的な意味あいもありました。
この『三番叟』の歌詞も五穀豊穣や子孫繁栄を祈るものです。
農村部の嫁入りの風景がえがかれてたりして、ほのぼの。
だからね。
こうやって、豪華で形式ばった歌舞伎座の建物の中で、いいベベ着て椅子におさまって、
「顔見世」の儀式の一部の『三番叟』見てても、
その衣装や、歌の文句や、振りつけなんかのうしろに、ふと、
千年以上前の我々の営み、農作業への思い、
そんなのがかいまみえると思うんです。
豊作を祈り、作物や土を愛で、
静かに、一生懸命働いて、祈って、暮らしてきた我々の祖先の、
気持ちの深さ、豊かさ、
華やかに踊ってる舞台や鳴り物がじつは一枚の布で、
そのうしろに、積み重なったそんな時間の重みみたいなものが
一瞬、透けて見えるような、
見たこともない、田植えのときの田楽のお囃子が聞こえるような 、
そんな感じがちょっとするのです。
もちろん上手なヒトが踊ったとき限定ですけどねー。
絵は三津五郎さん、このときはすごくよかったです(何様)。