60)『極附播随長兵衛』
=60:そうは言っても不穏分子 の巻=
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  歌舞伎の衣装を語る上で、「早変わり」
はずせない特徴ですね。
「ひきぬき」とか「ぶっかえり」なんかのテクニックを駆使して 舞台の上で、一瞬にしてまったく別の衣装に替わる、あれ。
それとはべつに、これもまことに歌舞伎らしいやりかたなんですが、 舞台の上で、演技の一部として、まさしく「着替える」シーンというのが 歌舞伎、けっこうあります。
『極附幡随長兵衛』
(きわめつき ばんずいちょうべえ)の、 このシーンもそのひとつ。
幡随院長兵衛 (ばんずいいん ちょうべえ)は元禄のころ、 つまり江戸も前半期でまだまだ荒々しかった時代 の、 実在の人物。
当時とても勢力のあった旗本の「白柄組」 の幹部 水野十郎左衛門 (みずの じゅうろうざえもん)と互角に渡り合い、 ついに殺されてしまったのは、史実。
まあそのアト幕府の詮議が入って「旗本側が悪い」ってコトになり、 水野 は切腹、その他相応の処分もあって、それなりに公平だったようでもございます。
長兵衛 は口入れ家業、当時は「くにゅうや」と音読したようですが、 ようするに、人材派遣業みたいな仕事の親分。 ヒトを扱う仕事ですから信用第一、トラブルがあれば カラダをはっておさめることもある商売 、 太っ腹な性格で人望があり、子分も多かった長兵衛一家 は 江戸市中でもカオが広く、 当時乱暴なふるまいが多かった「白柄組」 とは、当然あちこちで対立しました。
この絵は水野 の屋敷に正式に招待された長兵衛 が、 十中八九殺されると分かっていても「逃げるわけにはいかねえ」と おろしたての紋付袴に着替えて、でかける準備をするシーン。

  歌舞伎における「着替える」場面は ストーリーの展開につれてその人物の立場や心境が変化して、 新たな行動を起こすことになる、 その役割や気持ちの切り替わりを象徴的に表現するのに 常にとてもうまく使われます。 着替えには手伝う役のひと(殆どは奥さん役のひと)が必要なんですが、 手伝う様子もかいがいしくて見ていてとても感じがいいです。

ここではなにしろ「死ぬ準備」としての着替えですから、 とても悲しい、そして雄々しい場面です。
ひとつひとつの動作に気持ちがこめられているかんじです。 だまって着替えを手伝う奥さんの悲しみと、それに耐えるけなげな姿、 黙々と着替える長兵衛の、「死んでもプライドは守る」という 強い覚悟と美意識なんかが、 どんな名ぜりふよりも強く伝わってきます。 そもそも「和服を着る」という動作、 じつにかっこいいものです。 役者さんがシュルシュルっと慣れた動作で着ると、ますます。
昔のヒトビトは、和服という完成されたカタチの衣服を身にまとうことで、 身もココロも「かっこよくあらねば」という覚悟をも 同時に身につけられたんじゃないかと思います。
そして、敵役の水野もまた、当然和服をキリリと着こなしています。
水野 もまた、ただの悪役じゃなくて、わがままではあるけど、プライドの高いりっぱな侍 として描かれているのです。 たしかに「白柄組」 の行状は目に余るものがあったようだけど 町人、しかもカタギですらない長兵衛の子分 にバカにされていいものではないのよ。 両者の争いは武士を中心としてやっと秩序だった当時の江戸の社会の 崩壊にもつながりかねない事件だったのです。
長兵衛 は、「いつか殺されるだろう」とわかった上で筋を通しつづけ、 水野 も切腹覚悟で長兵衛を殺すの。 なんかかっこよくねえ?ポリシー持ってるというか、 お互い一歩も譲らないけど、認めあってるというか、 大人の争い。
そういうハラの大きさみたいなものも、 ゆったりと着替えてみせる日常的なシーンをみせることで われわれの気持ちのなかに、すとんとうまく伝わってくるかんじ。
なくてもおハナシ進むんですけどね。 だからこそ、大事ですよね、こういう「存在感」で見せる場面。

こういうことを書くと、おきまりの「武士階級に抑圧された民衆の、反権力の象徴」 みたいなフレーズが出てきがちですが、
長兵衛モトは武士です。身分ひくいけど。
そして「もと侍」ということは、常に長兵衛のプラスイメージとして語られます。
チナミに町人である主人公が、ストーリーに関係なく「もとは武士」という設定なことは 歌舞伎、けっこうあります。
そもそも江戸のひとびとはべつに侍に反感を持ってはいなかったと 俺は思う。
「武士は特権階級」とよく言われるけど、 あの時代に置いて武士のに法律上、制度上のの特権なんて何一つないです。せいぜい礼討ちくらいのもん。 あれだって、いいかげんな理由で斬ったら切腹もんだし。
個人的に「あいついばっててイヤ」というのはあったと思うけど、 武士階級は、むしろ町人にとってあこがれの対象だったと思うのが正しいと思います。
長兵衛に人気があったのは、 「武士にたてついたから」じゃなく、
「町人なのに武士みたいにかっこいいから」でありましょう。
江戸後期の町人文化の美意識は、常に武士の価値観や美意識の模倣です。 忠義、義理、礼節、教養、ケンカの強さ、なんか。
「俺達って、武士より武士らしくてかっこいいぜ、どうでえ?」 がキホンです。
江戸後期に完成された長兵衛像は、まさに典型的な 「侍みたいな町人(でもモトは武士←やっぱりなんとなくステイタス)でございます。

この場面でで裃を着用する型もありますが(初演時の九代目団十郎型、たぶん)、 「もと武士」と言う設定を強調したかったんだと思うけど、やっぱ、今は町人なんだし、 黙阿弥の書いたセリフのとおり、紋付袴がいいと俺は思います(初代吉右衛門型、たぶん)。