かぶき風俗通信
『義経千本桜』1
=62:『桓武天皇九代の後胤』 の巻=
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なんと、このコーナー5周年です。
正確には先回で5周年ですが、細かいことは言いっこなしで、今回と次回で
歌舞伎時代物三大名作のひとつ、『義経千本桜』のおはなしをおとどけです。
『義経千本桜』、タイトルから九郎判官義経様が大活躍する内容を想像しがちですが、
実際には義経様はほとんど出ません。ホントに「ところどころ」ってかんじ。
むしろ、義経に滅ぼされた人々の物語です。
なので、元ネタの古典は「義経記(ぎけいき)」ではなく、むしろ
「平家物語」の後日謂という印象。
主人公らしくえらそうにしているキャラクターがいないせいか、この『千本桜』では、
ふつうのこういう時代物の歌舞伎(文楽)にたくさん出てくる、ただの「わき役」なひとたち、
それなりに個性的ではあるけど、やはり「わき役」らしくビミョウに類型的に描かれ、
主人公を引き立てるようにしか行動しないひとびと、
そういうキャラクターたちが、
その場その場の「主人公」として扱われ、たいへん魅力的でインパクトのある役どころに洗い上げられています。
という点が『千本桜』の最大の特徴です。
「誰が主人公か分からない」=「お話全体に統一性がなくわかりにくい」
という欠点も生まれます。でも、そんなの
お話のベースになってる史実を把握してねえせいじゃん、
「歌舞伎がわかりにくい」のはほとんどの場合「歌舞伎の内容」のせいではなく、
見る側の教養レベルのせいだわ(暴言)。
とにかく『千本桜』、結果、魅力的なキャラクターがぞろぞろ生まれました。
荒っぽいのもやさ男も、身分の高いのも低いのも、人間もモノノケも、
よりどりみどりです。楽しいです。
今回描いたのは、他のキャラクター押しのけてたった一人、
新中納言知盛卿。
平家方きっての知将であり人格者、
桓武天皇九代の後胤、壇ノ浦で義経に負けて、
「我が身に鎧二領着て壇ノ浦の水底深く沈」んで亡くなったあのひと。
というか能の「船弁慶」の「桓武天皇九代の後胤」てセリフは有名で
歌舞伎にもたびたび使われますが、
知盛、桓武天皇からだと11代目だそうです。謎。(余談)
歴史の時間にもフツウに出てくるひとだから有名ですよね。
さて『千本桜』では知盛、壇ノ浦で死んだとみせかけてじつは生きてます。
今だと神戸尼崎、摂津の国は大物浦(だいもつのうら)の港の船宿の主人
「渡海屋の銀平」に化けております。
左側の絵がその姿。
江戸時代の(ってお芝居の舞台平安末期だけど)水運は人を運ぶと言うより物流が中心ですから、
「船宿の主人」というのは今の旅館経営者というより、運送屋の社長というかんじ、
サービス業系じゃなくガテン系です。
そして、なんだか和風っぽくない長半纏を着てるのは、大物浦の主な交易先が
九州であったことを示します。ここは南蛮貿易の中継地なわけね(密輸もアリ)。
というように、なかなか荒っぽく、デンジャラスなにおいのするこの銀平おじさんが、
宿に泊まってた義経一行が九州に向かって出発して、その直後に舞台脇の小部屋から再登場したら、
右のこの衣装。白無垢に銀の飾りが付いた烏帽子狩衣、白糸威の鎧。
優雅かつ高貴な大宮びと平知盛に一変。格調高く出陣の舞を舞います。
何の飾りもない海のそばの船宿のひと間が、イキナリ
紫宸殿のひさしの間に変わる瞬間です。
そしで、この、180度の変化を「別人」としてでなく、「同一人物の豹変」として
違和感なく見せるのが、役者さんにとってむずかしいところです。
人間の幅というか、深みというか、そういうところから見せないとね。
そして、知盛、3段変化です。このあとまた別人のように変化します、
さあどうなる、以下次号。