=『義経千本桜・2』 =
=63:『能では本当に幽霊です』 の巻=
前回に引き続き、当コーナー5周年記念企画
「『義経千本桜』、
平知盛三段変化、すごいぞ・ 後編」、をお届けです。
壇ノ浦での源平最後の決戦で、義経ひきいる源氏軍に完敗した知盛、
「見るべきほどのことは見つ」て言って壇ノ浦の水底深く入水して果てた、
てのが『平家物語』の語る内容、まあ史実。
この『千本桜』では知盛は死なず、
にっくき義経に復讐し、さらに平家の再興をはかるべく
大物浦 だいもつのうら の船宿の主人に化けて隠れており、
海路九州に向かおうとする義経の不意をついて海上で襲おうとあれこれ画策しております。
白い狩衣に白糸威しの鎧、銀の烏帽子という姿で
「知盛の幽霊があらわれた」と思わせ、パニックにさせようという
念の入れっぷり。
というところまでを先月描きました。
でも、女の子の姿をさせてかくまっている安徳天皇の存在に弁慶が気づいていたため、
知盛の計略は義経側に気づかれてしまっています。
不意をついたつもりが義経一行は戦闘準備万端ととのえて迎撃、
知盛軍、あっさりうち破られてしまいます。
平家一門きっての知将とうたわれた知盛、
念には念を入れたはずの作戦を一度ならず二度までもやぶられてプライドずたずた、
絶望と怒りで阿修羅のごとく猛り狂います。
純白の狩衣を血に染めながら、まだまだあきらめずに義経の軍兵(ぐんぴょう)を追い散らす姿は
まさに生きながらにして冥界の亡者。
てのが今回の絵。
花道の上で、どんどん襲ってくる軍兵を威嚇するように口をカァっと大きく開けます。
口の中にも赤い絵の具が仕込んであって、真っ赤。
この瞬間怖いです。
イニシエは「赤=冥界の色」とされていましたから、知盛の赤く染まった衣装、
口の中の赤、
それら全ては知盛がすでに冥界に片足突っ込んだ存在と化していることを視覚的に示しているとも言えます。
ひとりの人物が、
「ちょっと乱暴で危険なカオリがするけど頼れるおっさん」→
「優雅で高貴な大宮びと」→「恐ろしくも雄々しい冥界の亡者」と
わずか半日の間に三段変化するわけですが、
これを、荒唐無稽なつくりごととしてではなく、歴史の中のリアルな人間ドラマとして見せて、
ちゃんと見る側に感情移入させて感動させなくてはならないところに、
この役のむずかしさがあると思います。
コスプレや仮装行列じゃないからねえ。
「平知盛」という役名のお芝居の登場人物、ではなく
歴史の中に実在した「知盛」という人間の強さ、気高さ、スケールの大きさというものを
表現する力量が必要なんだと思います。
というわけで、この知盛という役ほど、ヘタな役者さんがやると
ただ「衣装着てセリフ言ってるだけ」に見えちゃう役はないと思います。
死ぬときのポーズがどうとか、原典通りのセリフがどうとか、そういう小手先のことじゃない
役者としての位取りみたいのが試されるお芝居です。
源平合戦は、完全に勢力が二分されていたという点と、一方が完全に敗北して滅びた、という点とで
歴史上のその他の政権争いにくらべても、そのダイナミックさや悲劇性は類を見ないと思います。
武家社会の成立期のエピソードであるだけに、江戸のひとびとにとっては歴史というより、神話のようなものだったと思います。
つまり自分たちの今依って立つ社会秩序のルーツを描いた、とても大切なものがたりであったということです。事実今はただの歴史上の一人物でしかない「源頼朝」、
あの時代は「神」としてまつられていました。
そういう意味においても、「滅びた古い神のひとり」である知盛が
ただの安いおっさんにみえるんじゃあ、困っちゃいますよね。
いい舞台で見たいですね。